2012年01月27日

BLUE NOTE MILES DAVIS

BLUENOTE.jpgテレビでも時々宣伝しているBLUE NOTE MOLES DAVISを買って見ました。
シリーズになっていて、第1号だけは490円です。

最近、ソロ演奏の機会が多くなって、ジャズも勉強しようと思ったのもきっかけです。

録音はかなり古い時代のものですので、音はよくありませんが、貴重な記録として買っておく意味はありそうな気がしました。

編集してノイズがかなりとってあるので、聴きやすいとも言えますが、ノイズとともに生々しさも減っているのではないかと思います。

ミニコンポのようなもので聴くと、けっこう良い音に聞こえるかも知れません。

こういうシリーズのよいところは、解説が多いので、私のようにジャズ全般について知識を得たいという目的には合っていると言えるでしょう。

発売時期とともに、送られてくるように注文しようかと思っています。

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posted by dolce at 21:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年12月21日

音楽と映像

テレビもデジタル放送になって、音楽番組が多くなったことは喜ばしい。
音質も向上した。

私はBSをよく観るようになった。
オーケストラも演奏の様子がよくわかるようになった。

時に、楽器のメーカーがわかる時もある。

しかし、良いことづくめではない。
映像に気を取られると、音を聴くほうがおろそかになることに気づいた。

情報量としては、目のほうが多いのでその影響力は大きいと感じるようになった。

演奏している時の格好や表情は、純粋に音を聴こうとする場合は邪魔でさえある。

だから、目を閉じて聴くこともしばしば。

テレビの音声はアンプとスピーカーをグレードアップしたが、メインのオーディオの方に映像を持ち込もうという気にはならない。

実際のコンサートでも、時に目を閉じて聴いてみる。
こうすると音に集中できる。

これから、装置をグレードアップすることがあっても、3.1チャンネルとか5.1チャンネルにもしないと思う。
もちろん、大画面のテレビを持ち込もうとも思わない。

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posted by dolce at 22:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年12月06日

音楽の聴き方

私は音楽のジャンルについて、特にこだわりない。

不器用だが、長年音楽に携わってきたせいか、音楽を聴く度にメッセージが伝わってくるような感じが強くなってきた。

ショスタコーヴィチが当時、当局から体制に合っていないと言われ、苦しみながら作曲活動をしていたと言われる気持ちもわかるような気がする。

最も演奏回数が多いだろうと思われる、交響曲第5番とその他の交響曲とはずいぶん違う。

体制に合うとか合わないとか言っても、そのような話題で話ができる人が少ないのは寂しいところである。

話はガラっと変わるが、私がパソコンを始めた頃はWindowsはなかった。
それどころか、その前のDOSもなかった頃だ。

その時代は、プログラムから自分で作らないと、パソコンは使い物にならなかった。
(そりころは、パソコンとは言わないで、マイコンと言っていた)

だから、パソコンを使っている者の間では、いつもプログラムの話だった。
本当に毎日のようであった。

しかし、いつしか、プログラミングの話をする人にはめったに会わなくなった。

プログラミングをやると、パソコンのことがよくわかってくる。

同様に、音楽も聴くだけで、ああだこうだ言っているより、何か楽器をやってみる。
アンサンブルをやってみると、音楽の聴こえ方も違ってくると思う。

自分が演奏をするようになると、いやがおうにも、楽譜は読むことになる。
そういう経験を積み重ねると、楽譜を見ただけで音が浮かんでくるようになる。

そういう状況になって、オーディオ装置で音楽を鑑賞してみると、また違う世界が広がるのではないかと思う。

こういうことを言うのも、深い鑑賞ができるのではないかと思うからである。

オーディオ一辺倒の人も、何か楽器をやってみてほしいと思う。

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posted by dolce at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年11月14日

ショスタコーヴィチ交響曲 第5番/クルト・ザンデルリンク/ベルリン交響楽団

sanderlink.jpg演奏:★★★★★
録音:★★★★★

すばらしいですね。
理性的で落ちついた演奏。

このショスタコーヴィチの5番は、つい暴れまくりたいような演奏になりがちだが、クルト・ザンデルリンクはそこを冷静にアンサンブルを作り、バランスを壊さない。

こう言うと、何か物足りない演奏を想像するかも知れないが、少しもそんなことはない。

少しゆっくりめのテンポで、きちんと演奏を作っていく、金管も音が割れないでいい音で吹く。

このオーケストラ全体に言えることだが、いい音のするオーケストラと思う。

クルト・ザンデルリンクは素晴らしい指揮者だ。

佐渡裕が悪い指揮者とは言わないが、ちょうど正反対の演奏をする指揮者だと思う。



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posted by dolce at 15:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年11月03日

アントニオ・パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団

NHK音楽祭2011がNHK-BSで放送された。

チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」アントニオ・パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の演奏で行われた。

悲愴は人気曲で演奏回数が多い。それで、聴く回数も多くなるのだが、ムラヴィンスキー/レニングラード管は名演として昔から有名である。

antonio.jpg


私はマルティノン/ウィーンフィルの演奏も好きである。
新しいものでは、ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管の演奏もいいと思う。

昔、ジョージ・セル亡き後、マゼールがクリーブランド管を引き連れて日本に来たことがある。
そのコンサートに行ったのだが、プログラムに「悲愴」があった。

その演奏はなんとも透明感のある美しい演奏で、オーケストラが違うと、こんなに曲が変わってしまうものなのかと驚いた。

今回のアントニオ・パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団は指揮者もオーケストラもイタリアということで何か違うかと思っていたが、やはり、これがイタリアなのかと思わせるぐらい今まで聴いたものとは違っていた。

パッパーノは2007年にサンタ・チェチーリア管とレスピーギのローマ三部作のCDを発表し、レコード・アカデミー賞を得ている。

marutinon2.jpg今回のローマ聖チェチーリア国立アカデミー管と比べると、オーケストラの音の違いはあるものの、パッパーノの音楽に対するひたむきさがよく感じられて、印象深い演奏になっている。

BSで動画を見ながら聴くと、どうしても目から得る情報が邪魔をして、その分音に集中できないところがあるが、指揮ぶりやどんな楽器を使っているのかという参考になる面もある。
音に集中するため、私は動画やコンサート会場でも、しばしば目をつむって聞くことがある。

BSで聴いた悲愴は一言でいえば、元気のよい演奏である。
元気がいいといっても、うわついた感じではなく、楽器はよく鳴って深みのある演奏で、これは指揮者の音作りや性格がそうさせているのだろうと思う。

ロ短調という調性は短調の中でも最も暗い感じがすると言われている。
名曲としてはシューベルトの未完成交響曲しか浮かばない。

チャイコフスキーがこの調性を選んだのは、こだわりがあったのだろうか。

ともあれ、元気な演奏、とりわけ三楽章は活発であるが、四楽章はどうなるのだろうかと思って聴いていたら、ため息のような冒頭の弦のアンサンブルについ涙が出そうになってきた。

チャイコフスキーはこの最後の交響曲とともに、自分の最後も予想していたのだろうか。

gerugiefu.jpg瀬戸内寂聴さんが「人間は生まれてくる時も一人、死ぬ時も一人、寂しいから誰かを求めるのですね」と言った言葉が思い出される。
同時に、相思相愛で心中しても、あの世で結ばれるかわかりませんねという意味の言葉も印象深い。

それにしても、イタリアのオーケストラはくったくなく音を出す。
こういうのを聴いていると、N響は下手ではないが、何か我慢して演奏しているのか、日本人特有な心で、感情をあまり表に出さないのか、何だろうと思う。

決してN響を悪く言いたいのではないのだが。

アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano, 1959年12月30日 - )はイタリアの指揮者。

略歴

イタリア人の両親のもとロンドンで生まれたパッパーノは、アメリカに渡りピアノや作曲を学んだ後、各地の歌劇場でコレペティトールとして研鑽を積む。バイロイト音楽祭ではダニエル・バレンボイムのアシスタントを務める。
1987年にオスロにあるノルウェー歌劇場にデビューし、1990年から音楽監督としてそのキャリアがスタート。1992年よりベルギー・ブリュッセルにあるベルギー王立歌劇場(モネ劇場)の音楽監督に就任。同歌劇場の水準を飛躍的に高める活躍を見せる。1999年、かつて助手として働いたバイロイト音楽祭で楽劇『ローエングリン』を振ってデビューした。2002年よりロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場(ロイヤル・オペラ)の音楽監督に迎えられ、現在まで活躍を続けている。
シンフォニー分野では、1997年からイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者を務めたり、2005年より聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団の音楽監督に就任している。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

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posted by dolce at 22:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 演奏評

2011年11月02日

レーピン / 妖精のの踊り〜華麗なるヴィルトゥオーゾの世界

VadimRepin.jpg
パガニーニ/パイジェッロの<うつろな心>による序奏と変奏曲 他
ヴァイオリン:ヴァディム・ヴィクトロヴィチ・レーピン
ピアノ:アレクサンデル・マルコヴィチ

演奏:★★★★★
録音:★★★★★


華麗なるヴィルトゥオーゾの世界と題するだけあって、名人芸をいかんなく発揮するヴァイオリンのソロを収めたCDである。

レーピンは今年40歳の演奏家としては、勢いのある年齢である。
演奏は力強く、意志の強さを示しているかのようである。

残響は少なめで、テクニックの細かいところまでよくわかる。

演奏は人数が少なくなるほど、欠点もよくわかるものだ。
その意味では、無伴奏が演奏者にとっては一番厳しいが、聴く側にとっては、演奏者の力量がよくわかる。

このCDには、11曲収められているが、これだけを録音するということは、ソロとしてはなかなか大変。
録音は1998年6月 ベルリン、テルデック・スタジオとあるが、何日かけたのだろう。

ヴァディム・ヴィクトロヴィチ・レーピン(Vadim Viktorovitch Repin,ロシア語Вади́м Ви́кторович Ре́пин,1971年8月31日 - )はロシアのヴァイオリニスト。

シベリア西部のノヴォシビルスク出身。少年時代にザハール・ブロンに師事。17歳でブリュッセル・エリザベート王妃国際音楽コンクールに優勝し、職業音楽家として活動に着手する。その後、ブロンのもとを離れ、ピエール・ブーレーズ、リッカルド・シャイー、シャルル・デュトワ、ヴァレリー・ゲルギエフ、ジェイムズ・レヴァイン、クルト・マズア、サイモン・ラトル、エサ=ペッカ・サロネン、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチといった名指揮者と共演を重ねる。
これまでに、モーツァルト、チャイコフスキー、シベリウス、プロコフィエフ、ミャスコフスキー、ショスタコーヴィチ、ベートーヴェンの協奏曲を録音。室内楽の演奏では、ボリス・ベレゾフスキーやマルタ・アルゲリッチ、ミハイル・プレトニョフ、ユーリ・バシュメット、ミッシャ・マイスキーらと共演してきた。

ロシア音楽とフランス音楽を得意としているが、ジョン・アダムズやソフィヤ・グバイドゥーリナらの作品のような現代音楽も演奏・録音している。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

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posted by dolce at 22:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年10月31日

お金をかけないオーディオ

お金をかけないオーディオと言うと、コストパフォーマンスの高い機器選びと思う人もいるでしょうが、今回はそういうことではありません。

コンサートによく出かけること

音がどう聴こえているか他人にはわからない。
当然のことだが、これが非常に大切なことだと思う。

音は「耳で聞く」というが、実際には脳で知覚されるわけだ。
脳には過去の記憶が残されていて、それが実際の音と相まって知覚になると考えられる。

梅干しを食べた経験のある人は「梅干し」という言葉を聞いただけで唾液が出てくるという、無意識の記憶がそうさせているように、似たような現象が「音を聞く」ということにも当てはまると言ったらよいでしょうか。

オーケストラの指揮者は、交響曲の楽譜、つまり全楽器の音符が書いてある総譜(スコア)を見るわけですが、その楽譜を見ただけで頭の中で音が鳴っています。

その頭の中の音をイメージして指揮をするわけです。
指揮者はオーケストラが音を出す前に、指揮棒を振ります。
練習の時は、そのイメージ通りの音が出ない時、棒を止めてメンバーにイメージ通りの音を出すように指示をするわけです。

こういう音楽の世界を知っている人には、釈迦に説法ですが、知らない人は指揮者とは、まるで音楽に合わせて踊っているようなものだと思っている人もいるようです。

だから、指揮の練習はCDを再生してその音に合わせて指揮をしても、ほとんど練習にならないわけです。

あるピアニストの家を訪問した時、ちょうど鍵盤の部分だけはずして作ったようなものが置いてありました。
rajikase.JPG鍵盤だけですから、弾いても音は出ません。
でもピアニストはこれで練習するのです。
音が実際に出なくても、ピアニストの頭の中では音が鳴っているのです。

まあ、紙鍵盤でも同じことですが、実際の鍵盤と同じでないと、指の力の入れ具合の練習にならないわけです。

ラジカセも存在価値がある

話が長くなりましたが、音楽を仕事としていない人も、コンサートに行くことで、脳が無意識に音の学習をし、自宅のオーディオ機器で音楽を聴いた時も、無意識のうちに記憶された音を引き出すのです。

だから、高価なオーディオ装置でなくても音楽は楽しめるわけです。
そういう意味では、ラジカセでもミニコンポでも存在価値があると言えます。

実際のコンサートを聴かずに、オーディオ装置ばかりにお金をつぎ込むのは、その人の行き方でいいのですが、それは現実の音を知らないで、装置そのものの音にこだわっているだけで、こういう人が私の感覚では「オーディオマニア」という感じがします。

何かまわりくどい説明になりましたが、私が言いたいのは音楽を聴くのに、装置は必ずしも高価でなくてよいと言うことです。

そのかわり、現実のコンサートに出かけることだと言いたいわけです。

実際、プロの音楽家は意外なほど、高価なオーディオ装置にこだわらない人が多いと、私は感じています。
「一応、音が聞こえればいい」と言います。

写真を載せた、ラジカセは5千円もしませんでした。でも、存在価値はあります。
ミニコンポでもそうです。

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posted by dolce at 21:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年10月30日

オーディオ製品はいい加減という話

オーディオ製品は、ほんとにいい加減です

1.電流帰還がいいとわかっていてもできない。
2.ピンコードに流れる電流があまりに少なすぎる。こんな規格だれが決めたんだ。
3.インピーダンスを無視している。最適な終端も考えてないのでピンコードでかなり音が変わる。
4.アースの設計がいい加減だから電源コードの差し込み方で音が変わる。


これを読んだ方はどう思われるのだろうか?

電気のことはさっぱりという人は、そんなものかと思われるかも知れない。
しかし、一応、電気回路、特にアンプの基礎知識がある方は、驚かれるに違いない。

私のような未熟者ですら、驚きを隠せない。

1.電流帰還がいいとわかっていてもできない

この「できない」というのは「メーカーが、電流帰還回路のアンプを作れない」という意味なのだろうか?
もし、そういう意味で言っているのなら、とんでもないことである。オーディオ用アンプを作っている知られたブランドのメーカーが作れない(技術がない)ということはない。

電流帰還を採用するか電圧帰還を採用するかは、意図するアンプを作る時の選択の問題だ。
それとも、この人自身が製作に挑んだが作れないということなのだろうか?

いや、もっと穿った見方をすれば、この人自身は「電流帰還」とは何かわからないが、誰かの受け売りか、こういう専門用語を使ってみたかっただけかも知れない。

2.ピンコードに流れる電流があまりに少なすぎる。こんな規格だれが決めたんだ

この発言にも驚きました。電流が少なすぎると言っていますが、逆に質問したいですね。
「なぜ、電流を多く流す必要があるのですか?」と。

この方は、アンプの仕組みがわかっていなくて、発言しているのじゃないかと思います。
オーディオで使われているアンプは、回路が電圧増幅部電力増幅部に分かれているということを知らないのでしょう。

amp_kozo.jpg


この2つの増幅部が1台のアンプに内蔵されているものを、プリメインアンプまたはインテグレーテッドアンプと言い、2つの部分を独立させたアンプを、それぞれプリアンプ(もしくはコントロールアンプ)、メインアンプ(もしくはパワーアンプ)と呼ぶということは、オーディオマニアや増幅回路に知識のある人はわかっているはずです。

そして、電圧増幅部は電圧を増幅することが目的なので、あまり電流を流す必要がないのです。だから、もともとピンコードは多くの電流を流すようには作られてはいません。

L-15G_mini.jpgこの方は、ピンコードに大電流を流したいんでしょうか?
例えば、スピーカーコードに使うとか、家庭用の電気製品のコードとして使いたいんでしょうか?

「こんな規格だれが決めたんだ」と言っていますが、論理的に必要十分な規格を業界で話し合って決めたんでしょう。何の問題もないと思います。

3.インピーダンスを無視している。最適な終端も考えてないのでピンコードでかなり音が変わる。

インピーダンスを無視したら、アンプは作れません。
ピンコードで音が変わるのは、終端のインピーダンスのせいではないでしょう。

スピーカーに接続するメインアンプの出力端子は4Ω〜8Ωぐらいのインピーダンスのスピーカーにつなぐことを前提としています。
しかし、そうは言ってもスピーカーのインピーダンスは低域から高域までずいぶん変動しますから、その変動に耐えられるアンプがいいアンプです。

sp_imp_hendou.jpg


ピンコードで音が変わるのは、ピンコード自体の問題でしょう。


4.アースの設計がいい加減だから電源コードの差し込み方で音が変わる。

これも、意味不明の発言ですね。
「アースの設計がいい加減」てどういうことですかね?
アンプの中を見たことがあるんですか?

しかし「アースの設計」て何だろう?

確かに、プラグの差し込み方で音が変わることはあります。
でも、それはアンプ側のせいではないと思います。

オーディオの高級機では、プラグの差し込み、つまりコンセントの接地側が明示してあることが多いです。
そこまで、機器の設計に責任を持っているということでしょうが、問題といえば壁コンセントにあるのではないかと思います。

コンセントは少し穴が広い方と狭い方がありますが、穴の広い方が接地側ということになっています。
ところが、必ずしも、工事で守られていないこともあると聞いたことがあります。

気になるなら、検電ドライバーなどで確認しましょう。

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オーディオ製品はいい加減と題して、意見を発表している人がいたが、いい加減な方はメーカーではなくて、本人の思考だったようです。

巷に情報はあふれています。それで、便利になった一方で、おかしな情報もあるので受け取る方は気をつける必要があると思います。

人は時として感情に左右されやすいと思います。

情報の発信者が友人であったり、懇意にしている店の店主であったりなど、親しい人の発言にはカタを持ちたい場合もあるでしょうが、友人であれ何であれ、正しいことを取り入れようという姿勢がないと、変な宗教のようにもなりかねません。

自分が裸の王様になったり、オーディオの場合、電気回路ですから事故になるかも知れません。

私が他人のそんな心配をする必要はないのかも知れませんが、このような指摘をすることで、救われる人がいるかも知れないということで記事にしました。

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posted by dolce at 18:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年10月23日

オーディオを語りたいのなら、電気回路の基本は勉強しておこう

ケーブルは細い方が立ち上がりが良い??

オーディオが一般の家庭電化製品と違うのは、個人の趣向が大きく影響することだろう。
それで、何でも言いたいことが言えるようなところがあり、教祖がいて信者がいるというような構図にもなりかねない。
中には、本当に聞こえているのか?と疑問に感じるものもある。

今回、こういうタイトルで書き始めたのは

「ケーブルは細い方がいい」

と言っている人がいたからである。

細いケーブルに換えてみたら、好みの音になったと言うのなら納得できるのだが、そうではないらしいからちょっと待てと思ったのだ。

この「ケーブルは細い方がいい」と言う人をM氏とすると、M氏の理屈は、水道の蛇口につなぐホースと同じく、ホースを細くすると水が勢いよく出る。これと同じでケーブルも細くした方が電流も勢いよく流れ音の立ち上がりもよいと言うのだ。

ケーブルを細くしたことで、本当に音の立ち上がりがよいと聞き取れたの?と疑いたくなる。

同種の金属のケーブルで、細くして音の立ち上がりがよくなるとは極めて考え難い。
というより「あり得ない」と言った方がよい。
それは、ケーブルを細くすることで抵抗(直流抵抗)が増加するからだ。

2本の並行したケーブルは構造上、キャパシティを含むので直流抵抗の増加は時定数の増加になる。
時定数が大きいということは、立ち上がりが遅くなるということを表す。

だからA氏がケーブルを細くしたことで、音の立上りがよくなったと感じたのは

1.音質が変化してA氏にとって好ましい音質になった
2.ケーブルの金属そのものが別のものになった。例えば銅線から銀線に換わって実は直流抵抗が小さくなった
3.音の変化はわからないのだが、ゴムホースを流れる水流と同じというイメージをしているだけ

と考えられる。

このケーブルを細くするということで、思い出したことがある。
知人がたこ焼きを作って振舞ってくれるというので、楽しみにしてご招待に応じた。
ところが、たこ焼き器なるもののスイッチを入れても、たこ焼きができるほどに、なかなか温度が上がらない。

私がコードをチエックしたら、たこ焼き器からコンセントに行くまでに途中に細いビニルのコード(テーブルタップ)が使ってあった。
原因はこれだと思った。
たこ焼き器となると、少なくとも1000Wぐらいの消費電力はある。
これを使うと、少なくとも10Aの電流が流れることになるのだが、延長のために使ったコードの許容電流が10Aなかった(つまり細い)ので、たこ焼き器はなかなか熱くならなかったのである。
つまり、これはケーブルが細いと立ち上がりが悪くなる、よくわかる例である。

たこ焼き器を壁のコンセントに近づけ、延長に使ったケーブルをやめたら、すぐにたこ焼き器は熱くなった。

ケーブルが細いと立ち上がりが良くなるのなら、電力会社は大いに助かる。
しかし、理論的にも現実にもそんなことはあり得ない。全く正反対である。

denkikairo.jpgダンピングファクターが理解できていない

ダンピングファクターとは、スピーカーのインピーダンスをアンプのインピーダンスで割った数値である。

例えば、スピーカーのインピーダンス(Z)を8Ω、アンプのインピーダンス(X)を0.04Ωとすると、ダンピングファクター(D)とすると、

D=8/0.04=200

となり、ダンピングファクターは200ということになる。
ところで、これが実際に何を意味するかと言うと、アンプがスピーカーを駆動する能力を表し、この数値が高いほど駆動能力も高いということになる。
具体的には締まりの良い音、歯切れのよい音になる。

アンプを発電機と考えると、アンプが発電した電力を如何に効率よくスピーカーに伝えられるかということとも言える。

しかし、ケーブルが細くなると、ケーブル分の抵抗が加味されてその分アンプの電力がケーブルの抵抗分に食われることになるので、ケーブルが細くなることは効率を悪くすることになって好ましくない。

ここでもM氏の驚くべき発言は

「コードの直流抵抗分はスピーカーに直列に抵抗が入るだけだから、ほとんど気にする必要がない。抵抗分が多い場合はその分アンプのボリュームを上げればよい」

と言っている。
いかに電気回路を理解していないかがわかる。

ケーブルが長くなるということは、直流抵抗が増えるということだけではない。
インダクタンスやキャパシタンスも増加する。
これは位相のずれに影響してくる。

M氏は交流回路のことが全く頭にないようである。

ケーブルが長くなったら、その影響分だけアンプのボリュームで調節すればよいと考えているのは、単純な電圧降下しか考えていないとみられる。

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posted by dolce at 00:38 | Comment(25) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年10月14日

クラリネットの音の録り方

PAを使うロックやジャズのコンサートでは、マイクを使わざるを得ない時がある。

クラリネットは音の出る場所がいろいろなので、マイクのセッテイングをどうしたらよいか困ることがある。
具体的には、指の動く側にマイクを置くか、ベルの開口部に置くか迷う。

そこで、クラリネット専用のマイクがないか探したところ、作っているメーカーを発見した。

ntm_mic2.jpg


写真の通りだが、2つのマイクを使って、これを合成し、マイク入力端子へセットするようになっている。

右の写真は実際に楽器を構えたところだが、背景の関係でちょっとわかりにくいかも知れない。

nmt_mic.jpg実際にPAにつないで演奏してみたところ、軽いので特に演奏しにくいということはなかった。
ホールや野外ステージではどんな風に聞こえるかわからないが、音響機器を通すことによって、生音が変化してしまうことはやむを得ない。

しかし、その変化が好ましいものであればよいわけで、そこはエフェクターでどのくらいコントロールできるかは、まだ試していない。

楽器は生音がいいのだが、店のステージやレストランで演奏する場合、騒音のレベルが高いので、PAをこのようなマイクを利用して使った方がよいかも知れない。

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posted by dolce at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | クラリネット