2011年03月24日

ミシェル・ルグラン/ジャズ

Legrand_Jazz.jpgミシェル・ルグラン/編曲、指揮
マイルス・デェイビス/トランペット
ベン・ウェブスター/テナーサックス
ハンク・ジョーンズ/ピアノ
ドナルド・バード/トランペット
ポール・チェンバーズ/ベース
ジョン・コレトレーン/テナーサックス


演奏:★★★★★
録音:★★★★






素晴らしいジャズの世界


ジャズと言うと「エッ、ここはクラシックのブログじゃないの?」と言われそうだが、あまりにも演奏が素晴らしいのと、日頃クラシックをやっていると、ジャズの自由な世界に憧れるというところがあって、紹介した。

ミシェル・ルグランと言えば、シェルブールの雨傘などのスクリーン・ミュージックで有名だが、ジャズマンとしてもすばらしい腕前の持ち主だ。

このCDは一線級の奏者たちを集めて収録したもので、いわゆる「ノリ」というか、リズムが素晴らしく決まっていて、聴いていて心地良い。
ますます、ジャズに憧れてしまう。

精密機械のように一矢乱れぬ演奏だが、冷たさは全くなくというかむしろ人の内部にあるリズム感に共鳴し、硬くなった感覚を揉みほぐしてくれるような心地良さがある。
クラシックの演奏にも、体の中にこういう感覚は必要ではないかと思う。

音楽を、クラシックとかポピュラーとかジャズとか分類すること自体、どうでもよいと思うが、そこは便宜上のことと解釈しておこうと思う。

指揮者のアンドレ・プレヴィンもジャズの世界から、クラシックの指揮者に転向した人であるし、クラシック、ジャズ双方を行ったり来たりすることで、演奏者も聴衆も幅広い音楽性を身につけられるような気がする。

クラシックが主なフアンはぜひ、聴いてみるとよいCDだと思う。

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posted by dolce at 12:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年03月22日

大人のための「新」オーディオ鑑賞術

otonanoAudio.jpg文庫本で、読破するのにそう時間を必要としないが、大変参考になった。

著者が自分の趣味を主張するのではなく、客観的な視点で、現在のオーディオの状態と、これからのオーディオ時代を予感する示唆を含んでいた。

そういえぱそうだなあと思うことに、最近はイヤフォンをつけて歩いている人をよく見かけるようになった。
若い人だけかなと思ったら、そうばかりでもない。

iPodがこういう形を流行らせたと思っていたが、それだけでなく、今や音楽を聴くという形が外出時だけでなく、家庭でも同じになっているようだ。

その影響で、CDもイヤフォンに合わせた音作りをしているようで、私のように部屋にドカッと置いたシステムで聴くと、不自然を感じるわけだとわかった。

私の所有している音源は、テープからレコードからCDなど様々で、CDだけに限っても1枚ごとに音が違うので、どれが自分の本当のシステムなのかとわからなくなってしまうこともある。

きつい高音の録音があって、これはシステムのバランスが悪いのかなと思うと、別の録音ではまるで違う音がする。
だから、基準の音源を持たないことには自分の再生装置の状態を正しく設定できないことになる。
そのせいか、自分で録音してきたものが一番自然に感じる。

ある掲示板で、そういうことを言ったら、すごく反発してきた人がいた。
いったい何だろうと思ったら、どうやら団塊のオーディオに夢中になっていた人たちの集まりであったらしく、何か、生意気のようにとられたみたいだった。

私の知人にもいるが、いわゆるビンテージと言われる部類のものを集めて、それを好んで聴いている人がいる。
それを私は否定するものではなく、個人の趣味だからいいと思うのだが、私は方向としては生演奏に近い方を目指しているので、再生する音はまるで違う。

著書にも書いてあるが「いい音」というのは個人によってみな違うので、自分もしくは自分たちだけで固まって、他を排除するというような方向はいただけない。

しかし、世の中は、オーディオの分野にもパソコンが進出し、この流れもこれからは止まりそうもないようである。
CDプレーヤーもなければなくてもよいという時代になり、メディアはハードディスクでいいということになりかけているようだ。

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posted by dolce at 23:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年03月18日

音の劣化のイメージ

音の再生における劣化のイメージを下図に表してみました。

Aのように、それぞれの機器の影響が大きいと、接続するケーブルを換えても音質の改善は期待できません。

しかし、Bのようにそれぞれの機器による影響が少ない装置であれば、ケーブルの交換でCのように、音質の劣化はないと考えられます。

つまり、ケーブルによる音の変化は、もともとの装置のレベルがある程度高くないと効果はないと考えられます。

OtonoRekka.jpg


それでは、ケーブルによる音の変化が感じられるグレードとはどのぐらいのものなのでしょうか?
これは、今のところ、ごく大ざっぱな経験値でしか言えませんが。
市場価格で表してみました。

1.スピーカー 300,000円(1本)
2.アンプ   500,000円(プリメイン)
3.CDプレーヤー500,000円

合計 1600,000円

これ以上お金をかければ、いいとは必ずしも言えませんが、この辺が基準になると考えました。
もちろん、コストばフォーマンスの高いものでは、これより下がるでしょうし、高くてもどこにお金をかけて作ってあるかにより、いいとは言えないものもあるでしょう。

CDプレーヤーは専用機ということで考えましたが、SACDとの複合機であれば、さらに高くなるでしょう。

もっとも再生の厳しい音楽は、フルオーケストラの再生であり、大編成のオーケストラの楽器をくまなく再現するには、このぐらいの価格帯を考えねばならないと思います。
ピアノソロも再生の難しい音源であり、装置が貧弱だと、アプライトピアノかグランドピアノかの区別がつかなくなります。

また、人の声が自然に聞こえるということも大切です。

これらをまとめると、オーディオのテストは、オーケストラとピアノソロと声楽の音源を持っているといいのではないかと思います。

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posted by dolce at 20:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年03月17日

ケーブルによる音の変化

L-15G.jpgケーブルでオーディオの音は変わらないと言っている人が信じられない。

私は今まで、通常の家電店で売っているケーブルほ使っていたが、プリアンプ〜パワーアンプ間のRCAケーブル(銀を主体としたケーブル)に替えてみて、かなり音質が変わったことを報告した。

プリアンプ〜パワーアンプ間はバイアンプになっているので、RCAケーブルは2ペア(4本)必要であった。
この変化をもう一度記載しておくと。

1.音量が増加した
2.高域がきつくなった
3.情報量が増えて透明感が増した
4.低域の再生限界が伸びたように聞こえた
5.位相が改善された

であった。
予想以上の変化に驚いたのだが、今回はCDプレーヤー〜プリアンプ間のRCAケーブルを交換してみた。
交換したケーブルはAccuphaseのL-15Gである。

ここは、もともとそんなに安物ではないと思われるものを使っていたので、そんなに変化は期待していなかった。
ところが、今回も予想以上の変化をした。

1.きつい音がしていた高域が分解され、聴きやすくなった
2.一層透明感が増した

これは、私の家を時々訪れるオーディオの好きな人も、同様に感じている。
今回、交換のAccuphase L-15Gは銅(純度99.99999%)を主体としたもので、0
.08mm(直径)を168本束ねた2芯構造のものである。

1.の意味は、以前、高域がきつく感じられたが、交換してみるときつい部分が歪だったような感じに思えた。
このケーブルは低域から高域までバランスの良いケーブルと感じた。

普通の家電に使うケーブルと比べると高いが、驚くほどの値段ではない(8,400円)ので、音質改善としてはコストパフォーマンスが高いと思う。

ケーブルで音が変わらないと主張する人たちが、信じられない。

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posted by dolce at 22:23 | Comment(1) | TrackBack(0) | オーディオ

2011年03月14日

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「プルチネルラ」

puruchinerura.jpg
1965年改訂全曲
ソプラノ:イヴォンヌ・ケニー
テノール:ジョン・アレー
バス:ジョン・トムリンソン
エサ=ペッカ・サロネン指揮/ロンドン・シンフォニエッタ

演奏:★★★★★
録音:★★★★

ストラヴィンスキーと言えば「春の祭典」が有名だが、その印象だけ持っている人は、この美しい旋律に驚くだろう。

ストラヴィンスキーは音楽史上では「新古典主義」と言われているが、そのことについてはまたの機会に触れることにして、今回はプルチネルラについて注目してみよう。

プルチネルラとは何か?

プルチネルラとは道化師のことで、このバレエ音楽のストーリーについては、クラシックバレエ&ダンス・ガイド
に詳しく説明されているので、参照してください。

ここでは、YouTubeに投稿されているビデオによって、どんなバレエなのか観ていただきたい。











なお、このCDには以下の曲目が同梱されているが、どれも演奏は秀逸である。

11の楽器のための「ラグタイム」

歌と踊りによる道化芝居「狐(きつね)」

管楽器のための「八重奏曲」(1952年改訂版)

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posted by dolce at 16:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年03月10日

バルトーク:歌劇〈青ひげ公の城〉

qohigekou.jpgバリトン:ラースロー・ポルガール
メゾ・ソプラノ:ジェシー・ノーマン
プロローグ:ニコラス・サイモン
ピエール・ブーレーズ指揮/シカゴ交響楽団
演奏:★★★★★
録音:★★★★

バルトークと言えば、一般には管弦楽のための協奏曲
がよく知られているのだろうか。

バルトークという作曲家は、優れた才能の持ち主にも関わらず不遇だったというのが私の印象である。
特にアメリカへ移住してからは、生活苦と病気に悩まされ大変だったらしい。

母親の死以前から、バルトークは政治的に硬化していくハンガリーを去り、自身のライフワークである民俗音楽の研究に打ち込める環境を求めて他国へ移住することも検討し始めていた。はじめはトルコのアンカラへの移住を検討するが環境が整わないことから断念した。最終的には1940年春にアメリカ合衆国への演奏旅行の際、友人達にアメリカへ移住の可能性を打診、彼らの協力でコロンビア大学の客員研究員として南スラブの民俗音楽の研究に取り組む手はずを整えると一端帰国。10月8日にブダペストのリスト音楽院の大ホールで告別コンサートを開き、長男とコダーイに後を託し、ザッハーやかつての恋人・ゲイエルなど友人達の助力を受け、妻と膨大な研究資料や自作資料と共にアメリカ合衆国へ移住した。なお、次男のペーテルは長男一家と共にハンガリーに残ったが、1年後単身アメリカにやってきてアメリカ海兵隊に志願した。

少々自己中心的で人と打ち解けるタイプではなかったバルトークにとって、アメリカは決して居心地は良くなかったし、研究や講演以外はピアニストとして生計を立てるつもりだったとはいえ、作曲する気にもならなかったようで、演奏会活動を行う以外は、先のコロンビア大学での研究の他、ヨーロッパから持ち込んだ民俗音楽の研究に没頭していた。しかし1940年ごろから右肩周辺に痛みを感じるなどの不調があった健康状態は次第に悪化、1942年になると断続的に発熱を繰り返すようになった。1943年初頭にはとうとう入院してそれらの活動はすべて中断する。

フリッツ・ライナーなどアメリカ在住のバルトークの友人たちは、戦争で印税収入が滞るなど収入源の無くなってしまった彼を支援するため「作曲者・著作者・出版者の為のアメリカ協会 (the American Society for Composers, Authors, and Publishers) 」に医療費を負担させるよう働きかけ、更に当時ボストン交響楽団を率いていた指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーに、彼の財団と夫人の思い出のための作品をバルトークに依頼させる。すると驚異的なスピードで《管弦楽のための協奏曲》を完成。この依頼があって作曲への意欲が引き起こされたようで、ヴァイオリン・ソナタを演奏会で取り上げる際にアドヴァイスを求めに来て親しくなったユーディ・メニューインの依頼で《無伴奏ヴァイオリンソナタ》にも着手し、1944年には両曲の初演にそれぞれ立ち会う。出版社との新しい契約で収入面の不安もやや改善され、健康状態も小康を取り戻して民俗音楽の研究も再開した。しかし、その病は白血病だった。

1945年、《子供のために》や《管弦楽のための協奏曲》の改訂をする傍ら、妻の誕生日プレゼントにしようと軽やかで新古典派的な《ピアノ協奏曲第3番》、ウィリアム・プリムローズから依頼された《ヴィオラ協奏曲》に着手するが、ともに完成させることができずに、9月26日、ニューヨークのブルックリン病院で没した。前者はほとんどできあがっており(オーケストレーションが17小節残された)、草稿段階にとどまった後者とともに、友人でハンガリー系の作曲家タイバー・セアリー(シェールイ・ティボール、Sérly Tibór )によって補筆完成された。

遺体はニューヨーク州ハーツデイルのファーンクリフ墓地に埋葬されたが、40年後の共産主義体制の崩壊後、指揮者ゲオルグ・ショルティらの尽力で亡骸が1988年7月7日ハンガリーに移送され、国葬によりブダペシュトのファルカシュレーティ墓地に埋葬された。現在ファーンクリフには記念碑が残されている。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

今回紹介した、歌劇「青ひげ公の城」はバルトーク唯一のオペラである。
1幕もののオペラコンクールへの応募だったが、演奏不可能ということで入賞しなかったということである。

あらすじ
1幕1場の物語なので場面転換や明示的な区切りは無いが、便宜的に次のような場に分けられる。
前口上 -- プロローグ 語り部が現れ、物語への心構えを語る。この物語は、瞼で分けられた内側と外側、つまり自分自身と他人との関わりのお話。
そして我々、あるいは自分自身の人生についての物語である。
城へ到着する青ひげとユディット。城の内部は広々とした円形のゴシック調のホール。左手には急な階段があり、その先は小さな鉄の扉。階段の右手
には巨大な7つの扉がある。城の中は暗く、窓もなく、湿っている。青ひげはユディットに城で暮らすを考え直すのは今しかないと言うが、ユディットは家
族とつらい別れをして来たのだから、決してあなたと別れないと言う。ユディットは城の全てが見たいと言うが、ここは暗闇に包まれている。ユディットは
彼のために城に光を入れ乾かそうと考える。7つの鍵のかかった扉に気づき、開けてくれるよう頼むが「中を見る必要は無い」と断られる。彼女が第一
の扉を叩くと、中から風が吹き抜けるようなため息が聞こえる。青ひげは「怖くはないか」と問いかけ、鍵を渡す。
第1の扉 そこは拷問部屋であった。ユディットは恐れをなすが、壁に血の痕をみつける。青ひげは「怖くはないか」と再度たずねるが、ユディットは差し
込む朝日に驚愕し、次の扉の鍵を要求する。青ひげは次の鍵を渡す。
第2の扉 そこは武器庫であった。そしてユディットは全ての武器に血が付いているのをみつける。しかしさらに城内に光が入ってくる。ユディットは「あ
なたを愛しているのだから」とさらに鍵を要求する。青ひげの憂いは通ぜず、これ以上なにも問わないことを条件に、さらに3本の鍵を渡す。
第3の扉 そこは宝物庫であった。ユディットは感嘆する。しかし宝物には血痕が付いている。青ひげは次の扉を開けるよう急かす。
第4の扉 そこは秘密の庭園であった。ユディットは多くの花に喜ぶ。しかし白いバラに血の痕を見つけ、土には血が染みこんでいると言う。青ひげは
第五の扉を開けるように言う。
第5の扉 その扉を開けると眼前には広大な青ひげの領土があった。呆然とするユディット。しかし雲から赤い血の影が落ちている。青ひげはもうこれ
以上なにも問わず、自分を愛してくれと求めるが、ユディットは残りの扉を開けるよう執拗にせまる。青ひげは根負けして、もうひとつ鍵を渡す。扉を開
けようとすると、再び中からため息が漏れてくる。
第6の扉 そこは涙の湖であった。ユディットは、その不気味なほど静かで、銀色に輝く湖に、うちひしがれる。ようやく二人は抱擁する。青ひげはこれで
城は光で満たされたから、最後の扉は閉めたままにしておかなければならないと言うが、しかしユディットは以前に青ひげが愛した女性のことを問う。
嫉妬が不信を呼び、最後の扉を開けるよう迫る。ユディットの中では、武器に付いていた血、領土に降り注いだ血が、前の妻達のものだという考えが
渦巻いていく。殺したのだと、噂は本当だったのだと問いつめる。青ひげは絶望して、最後の鍵を渡す。
第7の扉 その扉を開けると、中から3人の妻が列をなして現れる。ユディットは「生きている。目もくらむほど美しい」と息をのむ。彼女たちこそが富と領
土の源泉であり、それぞれ「夜明け」「真昼」「夕暮れ」を支配している。ユディットはその間、私など遠く及ばないと言っている。青ひげは「私は四人目
を真夜中に見つけた」といい、夜を彼女のものとする。ユディットは最初逃れようとするが、「おまえが一番美しい」といわれ、彼のマントと宝石を受け入
れ、四人目の妻として他の者たちとともに第七の扉に消える。青ひげは「もうこれで完全に闇の中だ…」といって、暗闇のなかに消える。
フリー百科事典「ウィキペディア」より



指揮者ブーレーズと、冒頭に示した演奏者との共演は非常に優れた演奏にまとまっていて、この作品の代表的録音として推薦したい。

ruumania.jpg
バルトークはクラシックファンでないとなじみがないかも知れないが、ルーマニア民族舞曲と言えば、吹奏楽ファンにもピンとくるかも知れない。

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posted by dolce at 16:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年03月08日

ショパン/ロイ・ダグラス編曲/バレエ「レ・シルフィード」

ReShilfeed.jpg子どものころ、偶然、テレビでこのバレエを観て、なんて美しい曲なんだろうと強く心に残った曲である。

これは、バレエのための曲と思っていたら、後に、ショパンのピアノ曲をロイ・ダグラスという人が編曲したものだとわかった。

始めから管弦楽として作曲されたかと思うほど、すばらしい編曲である。
この組曲をいつか、アンサンブルに編曲したいと思っている。

この曲のメロディーはずっと脳裏に刻み込まれているのだが、聴くといつも美人を想像する。
あこがれの美人である。

8曲の組曲になっているが、順番に聴いていくと、繋がりがごく自然で、そういう意味でもよくできているといつも思う。

昔、この曲のレコードを探し回ったら、あるレコード店で見つかった。
それを今でも所有しているのだが、演奏がカラヤン/ベルリンフィルである。
この曲がFMで紹介されると、リチャード・ボニング指揮/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団
の演奏が多いが、カラヤン/ベルリンフィルの演奏には何の不満もない。
と言うか、カラヤンはこういう管弦楽を丁寧に演奏するし、演奏効果をよく考えていると思う。

ReShilfeed._boning.jpg
アマゾンを見ると、リチャード・ボニング指揮/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団のCDも申し込みを受付けるようで手に入るかも知れない。

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posted by dolce at 15:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | レコード・CD

2011年03月01日

桜の季節ですね

そろそろ桜の季節です。
自宅の裏、100mぐらいのところには、菅生川(菅生川)という川が流れていて、向こう岸には、徳川家康ゆかりの岡崎城があります。

この川のあたりは、桜の名所でもありシーズンには観光客がたくさん来ます。
そのため、私は自宅の駐車場へなかなか入れないこともあります。

昨年は、久しぶりにビデオカメラを買い替えたので、その撮影の練習で撮ったものを一部紹介します。
BGMは録音がカセットテープだったので、音がよくありません。



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posted by dolce at 14:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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