NHK音楽祭2011がNHK-BSで放送された。
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」が
アントニオ・パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の演奏で行われた。
悲愴は人気曲で演奏回数が多い。それで、聴く回数も多くなるのだが、ムラヴィンスキー/レニングラード管は名演として昔から有名である。


私は
マルティノン/ウィーンフィルの演奏も好きである。
新しいものでは、
ゲルギエフ/キーロフ歌劇場管の演奏もいいと思う。
昔、ジョージ・セル亡き後、マゼールがクリーブランド管を引き連れて日本に来たことがある。
そのコンサートに行ったのだが、プログラムに「悲愴」があった。
その演奏はなんとも透明感のある美しい演奏で、オーケストラが違うと、こんなに曲が変わってしまうものなのかと驚いた。
今回の
アントニオ・パッパーノ/ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管弦楽団は指揮者もオーケストラもイタリアということで何か違うかと思っていたが、やはり、これがイタリアなのかと思わせるぐらい今まで聴いたものとは違っていた。
パッパーノは2007年に
サンタ・チェチーリア管とレスピーギのローマ三部作のCDを発表し、レコード・アカデミー賞を得ている。


今回の
ローマ聖チェチーリア国立アカデミー管と比べると、オーケストラの音の違いはあるものの、パッパーノの音楽に対するひたむきさがよく感じられて、印象深い演奏になっている。
BSで動画を見ながら聴くと、どうしても目から得る情報が邪魔をして、その分音に集中できないところがあるが、指揮ぶりやどんな楽器を使っているのかという参考になる面もある。
音に集中するため、私は動画やコンサート会場でも、しばしば目をつむって聞くことがある。
BSで聴いた悲愴は一言でいえば、元気のよい演奏である。
元気がいいといっても、うわついた感じではなく、楽器はよく鳴って深みのある演奏で、これは指揮者の音作りや性格がそうさせているのだろうと思う。
ロ短調という調性は短調の中でも最も暗い感じがすると言われている。
名曲としてはシューベルトの未完成交響曲しか浮かばない。
チャイコフスキーがこの調性を選んだのは、こだわりがあったのだろうか。
ともあれ、元気な演奏、とりわけ三楽章は活発であるが、四楽章はどうなるのだろうかと思って聴いていたら、ため息のような冒頭の弦のアンサンブルについ涙が出そうになってきた。
チャイコフスキーはこの最後の交響曲とともに、自分の最後も予想していたのだろうか。


瀬戸内寂聴さんが「人間は生まれてくる時も一人、死ぬ時も一人、寂しいから誰かを求めるのですね」と言った言葉が思い出される。
同時に、相思相愛で心中しても、あの世で結ばれるかわかりませんねという意味の言葉も印象深い。
それにしても、イタリアのオーケストラはくったくなく音を出す。
こういうのを聴いていると、N響は下手ではないが、何か我慢して演奏しているのか、日本人特有な心で、感情をあまり表に出さないのか、何だろうと思う。
決してN響を悪く言いたいのではないのだが。
アントニオ・パッパーノ(Antonio Pappano, 1959年12月30日 - )はイタリアの指揮者。
略歴
イタリア人の両親のもとロンドンで生まれたパッパーノは、アメリカに渡りピアノや作曲を学んだ後、各地の歌劇場でコレペティトールとして研鑽を積む。バイロイト音楽祭ではダニエル・バレンボイムのアシスタントを務める。
1987年にオスロにあるノルウェー歌劇場にデビューし、1990年から音楽監督としてそのキャリアがスタート。1992年よりベルギー・ブリュッセルにあるベルギー王立歌劇場(モネ劇場)の音楽監督に就任。同歌劇場の水準を飛躍的に高める活躍を見せる。1999年、かつて助手として働いたバイロイト音楽祭で楽劇『ローエングリン』を振ってデビューした。2002年よりロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場(ロイヤル・オペラ)の音楽監督に迎えられ、現在まで活躍を続けている。
シンフォニー分野では、1997年からイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者を務めたり、2005年より聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団の音楽監督に就任している。
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posted by dolce at 22:31
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