
今年(2008)のNHK音楽祭では、ユーリ・テミルカノフ指揮、サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団でチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調を演奏した。
その録画を視聴した私なりの感想を述べることにする。
協奏曲というのは、独奏者とオーケストラが対等の関係であり、それは独奏者と指揮者の演奏解釈が絡み合うということでもある。
だが、この演奏では庄司紗矢香(しょうじ さやか)は指揮者のユーリ・テミルカノフの生徒という感じで、先生の言うことを一生懸命実現しようとの演奏であったように思う。優等生の演奏である。
サラ・チャンの演奏を聴くと、さらにその印象は強くなった。
庄司紗矢香は間違いなくプロレベルの演奏家ではあるが、まだ自己の意思をはっきりと主張するという演奏家ではない気がする。
(主張できる環境にないのかも知れないが)

先生につくことにより、先生の解釈が多く取り入れられている可能性があるからだ。
演奏家は先生について絶えず学ぶ姿勢は必要だと思うが、いつまでも先生の振り付けの範囲だけでなく、自己の主張、個性を発揮しないではおもしろくない。
今、パガニーニ国際コンクール優勝当時のCDを聴いてみると、やはり線の細さは免れない。
とはいえ、音色は美しく、細やかでしっかりしたテクニックを備えていて、素質を持った演奏家には間違いないであろうから、これから自身のカラーを出した個性豊かな演奏家に成長してくれるよう期待したい。
庄司紗矢香出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
幼少時代
東京に生まれたが、母の美術の仕事の関係で3歳からシエーナに移り、2年間を送る。最初ピアノを習っていたが、シエーナでのキジアーナ音楽院のコンサートでヴァイオリン演奏を見たことがきっかけとなり、5歳からヴァイオリンを始めた。帰国後、国分寺市内の小学校に進み、1994年、6年生の時に第48回全日本学生音楽コンクール東京大会、全国大会で第1位を獲得した。
[編集] ヨーロッパ留学
1995年、キジアーナ音楽院において、ヴァイオリンをウート・ウーギ、室内楽をリッカルド・ブレンゴーラに学び、1997年にはイスラエルより奨学金を得てシュロモ・ミンツに学んだ。同年、14歳でリピンスキ・ヴィエニヤフスキ国際コンクール・ジュニア(17歳未満)部門で日本人として初めて優勝し、ルツェルン音楽祭にルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団のソリストとして出演した。また、リピンスキ・ヴィエニヤフスキ・コンクールで審査員を務めていたザハール・ブロンに声を掛けられ、1998年以降、ケルン音楽大学でブロンに師事する。また、同年、ルツェルン祝祭管弦楽団とヨーロッパ演奏旅行を行い、ウィーン・ムジークフェラインザールでウィーン・デビューを果たした。1999年、第46回パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールに同コンクール史上最年少、かつ日本人として初めて優勝した。2004年、ケルン音楽大学を卒業し、翌年パリに移った。










