2008年03月19日

楽しい練習 充実感のある練習

プロでもアマチュアでも、演奏者に充足感を与える指揮者はよい指揮者である。

指揮者という仕事はワンマンでもあるから、独りよがりに陥りやすいとも言える。
まあ、指揮者の独りよがりでも、それが演奏者に満足感を与えているなら、それはすごい指揮者である。

いずれにしても、指揮者と演奏者が練習によって何回も顔を合わせるごとに、心地よい関係が築かれるかどうかは大切なことである。

指揮者の意味がわからない聴衆は、指揮者とは音楽に合わせて振り付けを考えてくる人ぐらいにしか考えていない人もいる。

そういった聴衆を意識するのか、聴衆にアピールスタイルを気にして指揮をする指揮者もいないわけではない。
それはそれで、好きにやってくださいと言いたいが、それが過剰となって演奏のじゃまになったのでは何のための指揮者かわからない。

音楽をうまく引き出す機能的な指揮は、美しい方向になっていくと私は考えている。

指揮者の人柄として、演奏者に充足感を与えることも大切だが、毎回の練習が充足感を与えるものであることは大切と思う。

技量を上回る難しい曲の練習ばかりだと、どうしてもごまかすことが多くなる。
これを繰り返していると、演奏者の心には不満足な気持ちが残る。
当然、こういうことの繰り返しはよくなく、出席を悪くする方向になるだろう。

アマチュアの場合、演奏技術の差が大きい個人の集まりであることが多い。
これは、大抵の曲で満足感を得られない人が常に存在することになる。

だから、1回の練習の中に、誰でもできる非常に易しい曲も取り入れることが望ましいと思う。
練習に参加したら「今日は一応満足なことをやった」という感じを持たせて帰させることがいいと思う。

やさしい曲集を用意しておいて、それを順にやっていくようにしてもいい。
曲がやさしいと、楽譜を読む余裕と技術のゆとりも出てくる。
そういう曲で、指揮者は音作りの要求を出すようにする。

やさしいというと、ひとつひとつの音符が長いが、実はそういう単純な音の並びこそが大切であり、レベルが上がってくると別な意味での難しさがある。

忙しい曲、テクニックに追われる曲ばかりで音をじっくり聴かない習慣をつけていないか、時に練習方法を振り返ってみることも大切であると思う。

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posted by dolce at 23:24 | Comment(4) | TrackBack(0) | 指揮について
この記事へのコメント
同感ですが、なかなか・・・少ない練習時間の中に次回演奏会のプロ以外の簡単な練習曲を取り入れる余裕が無いのが現実なんですよね、どうしたものか?
Posted by at 2008年03月21日 11:00
コメントありがとうございます。

まず、一番の問題は「楽譜」じゃないかと思います。

適当な曲集、あるいは編曲してくれる人がいるとか。

でなければ、FINALなどを使って自分で編曲してしまう。

合唱曲を編曲してもいいと思います。
Posted by 筆者 at 2008年03月21日 23:16
お早うございます

お久しぶりです、ブログはいつも拝見しています。
練習が充実していること、これはプロでもアマでも同じではないかなって思ったりもします。

プロの指揮者でも、自慢話を長々とする人もいますし、この曲ではここを練習しておきたいということがすごくよく分かる指揮者もおられます、予習ができているのではないかなって思います。

練習がつまらない指揮者は、ゴメンです。
シカゴ響の元ラッパのトップであった、ハーセスさんが「20分も話す指揮者はゴメンだ!!」と書かれていました。つまり、シカゴなどを振る指揮者でも蘊蓄を語る、アホな指揮者がいると言うことですよね〜、爆〜

ミ(`w´)彡 
Posted by rudolf2006 at 2008年03月22日 05:43
rudolf2006さん、コメントありがとうございます。

偉そうに言っている私も、過去を振り返ると、恥ずかしくなることがあります。
だから、反省として、自戒をも込めて書いています。

「棒でものを言う」
「止めるのは最小限にする」
「止めた以上は、演奏者が納得する止め方をする」

など、改めて実践で守るようにしています。
Posted by 筆者 at 2008年03月22日 16:35
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